今日エレベーターに乗ったとき、「閉」ボタンを押しましたか。押したとして、そのとき本当に急いでいましたか。
たぶん多くの人が、前半は「押した」、後半は「……いや、別に」になると思います。リカイドで8,734人が答えた「エレベーターの『閉』ボタンは?」は、86%が「すぐ押す」でした。9割近くです。600問あるリカイドの中でも、かなり上位の偏り方をしています。


待っている数秒は、なぜあんなに長いのか
エレベーターの扉は、ボタンを押さなくても数秒で閉まります。つまり86%の人は、数秒を短縮するために指を伸ばしていることになります。冷静に考えると、その数秒で人生が変わることはまずありません。
それでも押してしまうのは、待ち時間の感じ方が実際の秒数と一致しないからだと言われています。自分で何もできない状態で待つ時間は、同じ長さでも長く感じられる。逆に、ボタンを押すという小さな行動をはさむと、「自分がこの状況を進めている」という感覚が生まれて、待ち時間の体感が短くなる。行列でスマホを見てしまうのと同じ構造です。
さらにエレベーターには、他人が乗ってくるという要素があります。扉が開いたまま止まっていると、誰か来るかもしれない、待たせているかもしれない、という気配りが働く。だから閉じたい。急いでいるというより、宙ぶらりんの状態を終わらせたい——このほうが実感に近い気がします。
ちなみに、海外の一部の建物では「閉」ボタンが実際には配線されておらず、押しても何も起きない(それでも人は押す)という話が有名になったことがあります。国や設置年代で事情は違うので日本のエレベーターがどうかは一概に言えませんが、「効くかどうかに関係なく押す」という人間の性質については、みんな心当たりがあるはずです。



押さない14%は、何を待っているのか
一方で、14%は「自然に閉まるのを待つ」を選んでいます。この人たちを「のんびり屋」でまとめるのは雑だと思っていて、少なくとも3種類はいそうです。
ひとつは、単純に急いでいない人。数秒を取り返す発想がそもそもない。ふたつめは、誰か来るかもしれないから待つ人。閉ボタンを押した直後に人が走ってきたときの気まずさを知っている、経験派です。そして三つめが、機械にまかせる人。ボタンで急かさなくても勝手に閉まると分かっているので、余計な操作をしない。
面白いのは、リカイドの別の2択を見ると、この86%が単純な「せっかち集団」ではなさそうなことです。「ちょっとそこまで行くなら?」では79%が「歩く」を選んでいて、移動そのものはむしろのんびり。「待ち合わせは?」でも53%が「15分前に着く」で、時間には余裕を持つ側が多い。つまり、時間に追われているというより、目の前に操作できるボタンがあると押してしまうタイプの多さ、と読んだほうが自然です。
「閉」を押す人と押さない人が一緒に乗ったら
同じエレベーターに両者が乗り合わせても、何も起きません。片方が押して、片方は何も思わない。この2択の平和なところです。
ただ、一緒に暮らしたり働いたりすると、この差は他の場面でも顔を出します。信号待ちで横断歩道のボタンを何回も押すか、電子レンジの残り3秒を待たずに開けるか、動画を1.5倍速で見るか。全部「待ち時間を自分で終わらせたいか」の話です。
友達がどっち側か、聞いてみると意外と盛り上がります。というより、エレベーターに一緒に乗れば1秒で分かります。

